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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3788号 判決

原告(反訴被告)

岡田香織

被告(反訴原告)

山田義一

主文

一  反訴事件原告ら(被告ら)の請求をいずれも棄却する。

二  本訴事件の訴えを却下する。

三  訴訟費用は、反訴事件原告ら(被告ら)の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(本訴事件)

原告と被告らの間の別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告の被告らに対する債務の存在しないことを確認する。

(反訴事件)

一  反訴被告は反訴原告原麻美に対し金九三万五八九五円と内金七五万五八九五円に対する平成五年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告は反訴原告山田義一に対し金九〇万五五二一円と内金八二万五五二一円に対する平成五年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(なお、以下原告(反訴被告)を単に「原告」、被告(反訴原告)原麻美を単に「被告原」、被告(反訴原告)山田義一を単に「被告山田」、被告原及び被告山田を合わせて「被告ら」という。)

一  当事者に争いがない事実

1  原告と被告らとの間で、別紙交通事故目録記載の交通事故(本件事故)が発生した。

2  原告は、前方不注意によつて本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条によつて、被告らに発生した損害を賠償する責任を負う。

二  争点

1  被告原の本件事故による傷害の発生の有無、程度及びそれに基づく損害

(一) 被告原主張

被告原は、本件事故によつて、外傷性頸部症候群の傷害を受け、生野愛和病院に平成五年一月四日、翌五日通院、福徳医学会病院に同月九日から同年三月二日まで入院、翌三日から同月一七日まで通院して治療に当たつたが、被告原には既往症があり、右治療期間中、それが再発してその治療にあたつたものもあるので、その部分を除くと、一か月間の入院と、以後一か月間の休業が、本件事故と相当因果関係がある。

そしてそれに基づく損害は、休業損害三六万円(一月当たり一八万円二か月分)、治療費六万七〇七五円、入院雑費四万三四〇〇円(一日当たり一四〇〇円三一日分)、装具代(三万二〇〇〇円)、慰藉料三〇万円、弁護士費用八万円である。

(二) 原告主張

本件事故は被告車両が移動したり、変形したりしない程度の軽微なものであつたし、転医は不自然で、長期入院は偽装であり、その症状は本件事故の状況と矛盾しているし、治療内容も湿布と投薬に過ぎないものであるから、本件事故による傷害はなかつたというべきである。

3  被告山田の本件事故による傷害の発生の有無程度

(一) 被告山田主張

被告山田は、本件事故に基づき加療六週間を要する頸椎捻挫の傷害を受け、生野愛和病院に平成五年一月四日、福徳医学会病院に同月八日から同年二月二七日まで通院したが、その治療は、全期間本件事故によるものである。

そして、そのに基づく損害は、休業損害五四万〇三八一円(一日当たり一万二五六七円四三日分)、慰藉料二〇万円、治療費三万八一四〇円、弁護士費用八万円である。

(二) 原告の主張

本件事故は被告車両が移動したり、変形したりしない程度の軽微なものであつたし、転医は不自然で、その症状は本件事故の状況と矛盾しているし、治療内容も湿布と投薬に過ぎず、休業損害に関する供述も不自然であるから、本件事故による傷害はなかつたというべきである。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様及び本件事故直後の被告らの症状

甲三ないし五、検甲一、被告原及び被告山田各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

被告山田は、露店商であつたが、本件事故の際は、アルバイトである被告原を同乗させ、片付けのため西宮戎神社に向かう途中であつた。

原告は、別紙図面〈1〉付近を、原告車両を運転して時速二〇キロメートル程度で走行していたところ、脇見をしていたため、阪神高速道路の芦屋出口の高速道路の料金所の順番待ちのため同図面ア付近に停止していた被告車両の後方約六・一メートルである同図面〈2〉付近に至つて始めて被告車両を発見したので、即座にブレーキを踏んだものの、止まりきれず、時速約一〇キロメートルの速度で、被告車両に追突した。

本件事故によつて、被告らの身体はがくつとなつた程度の衝撃しか受けず、ヘツドレストに頭をぶつけることもなく、特に、頸部に衝撃を感じたことはなかつた。

本件事故によつて、被告車両の後部バンパーに横に線をひいたような傷がつき、原告車両のナンバープレートの真ん中がくの字型に一センチメートル弱凹んだが、原告車両は、ほとんど前進しなかつた。

本件事故直後、被告らにはまつたく自覚症状はなく、原告に対し、怪我がない旨伝えていた。

二  被告原の傷害の有無、程度

1  被告原の治療経過

甲六、乙一ないし三、五、被告原及び被告山田本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

被告原は、本件事故直後は自覚症状がなかつたものの、芦屋の料金所から西宮戎神社に行く途中、除々に右肩から右手人差し指、中指、薬指の指先まで痺れ(被告原本人尋問の結果では、なんとなく違和感がある感じと表現する。)が始まつたとして、当日、被告山田に連れられ、大阪市生野区の生野愛和病院で診察を受け、その際、左上肢痛及び指先にかけての痺れ感、右肩圧痛等の症状を訴え、頸部のレントゲン検査を受けたが特に異常はなく、湿布の治療を受け、通院治療、休務必要一週間の外傷性頸部症候群との診断を受けた。被告原は、翌日である同年一月五日も同病院に受診し、右側項部痛、右前腕痺れ感を告げ、頸にカラーの装着を受けた。

被告原は、被告山田の勧めで、同年一月八日守口市所在の福徳医学会病院で診察を受け、希望して、同年一月九日から入院した。被告原は、入院当初からしばしばレントゲン検査を受けたものの、頸部の異常が発見されたことはなく、他の他覚的所見もなかつた。なお、当初入院は二週間の予定であつた。治療は、最初の二週間は、安静にし、湿布と飲み薬の投与を受けるというものであつたが、入院当初から跛行、痺れ等の下肢症状を訴え、外傷性頸部症候群、右股関節部打撲傷、腰部捻挫、右下肢跛行という診断を受け、検査や治療は下肢症状に対するものが多くなつた。その後同年一月終わりころに頸部の牽引をしたものの、身体にあわず中止され、同年二月は電気治療を受けた。被告原が、前記の下肢症状の他、発熱、月経困難症、アトピー性皮膚炎等の症状を訴えたため、その理由等を確かめるための各種検査を受け、結局退院したのは、同年三月二日である。

なお、被告原は、小学校の頃からよく股関節がはずれていた他、高校三年生のころ、交通事故によつて膝の半月板に損傷を受けた既往があり、医師の判断では、それらの既往も考えると、下半身の症状が本件事故によるものかは不明であり、微熱についても、他原因の可能性があり、本件事故によるものとはいえないというものであり、被告原もその本人尋問の時点においては、それらは、本件事故によるものとは考えていないとする。

被告原は、退院した頃、それまで勤務していた東洋防水に電話連絡して退職し、退院後も微熱が続き、倦怠感があつたこともあつて、自宅で療養し、同年三月中には、自宅近くの大阪市住吉区の病院に三回位通つた。同年四月になつて就職口を探し、同年四月一三日から岩井建設に就職したが、その頃には、頸や右手の症状は消えていたとする。

2  当裁判所の判断

被告原が自認し、医師も判断するように、下肢症状及び微熱等の症状は、事故態様が軽微で下肢への衝撃がなかつたことや他原因によるものであるの可能性が少なくないので、本件事故によるものとは認められない。問題は右下肢の症状であるが、前記認定のとおり、本件事故の際の原告車両の速度は時速約一〇キロメートルに過ぎず、本件事故によつて、被告車両はほとんど移動しておらず、原告被告各車両の変形も軽微であること、本件事故の際、被告原は特に頸への衝撃を感じていないこと、被告原の右上肢の痺れの訴えはある程度一貫しているものの、その程度は被告原本人尋問での説明からも極めて軽微なものであること、何らの他覚的所見の裏付けがなく、積極的治療もなされていないことからすると、被告原の訴えが真実であつたとしても、専ら心因的なものに過ぎない疑いが強く、本件事故による身体傷害によるものと認めるには足りない。

三  被告山田の本件事故による傷害の有無、程度

1  被告山田の治療経過

(一) 甲八、九、乙一一、乙一二の一、乙一三の一、被告原及び被告山田各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

被告山田は、本件事故の後、被告原を連れて生野愛和病院に訪れ、頸部、胸部痛、左手痺れ感を訴え、レントゲン検査を希望したが、他覚所見はなく、前胸部打撲、頸椎捻挫で約一週間の通院加療必要との診断を受けたが、平成五年一月八日左頸部痛を訴え、福徳医学会病院へ受診し、頸椎捻挫で六週間の休業、通院が必要との診断を受けたが、その際なんらの他覚的所見はなく、その後、同年一月一三日、二一日、同年二月四日、二月二七日に通院し、一時頸椎牽引を受けたが、気分不良として中止し、それ以外主に投薬治療を受けた。

(二) なお、原告山田は、その本人尋問において、荷物を運ぶことができず、本件事故後平成五年二月一五日まで露店商の仕事は休業した旨供述するものの、なんらの裏付けになるものはなく、その理由として供述する症状が曖昧であつて、休業を要すほどのものとは到底思えず、前記認定の各病院での訴えと一貫性がなく、通院頻度からしても、信用することはできない。

2  当裁判所の判断

前記認定の本件事故の態様、その際の衝撃の程度・内容、何らの他覚的所見がないこと、本件事故のすぐあとで受診した生野愛和病院で当初訴えていた胸部痛に関する訴えが他の時点ではまつたくなされていないこと、頸の捻挫についても、症状に関する各病院での訴えと被告山田の本人尋問における供述での訴えが一貫していないこと、同供述での訴えが曖昧であること、通院頻度・期間が少ないこと、なんらの積極的治療を受けていないことからすると、前記訴えが、本件事故に基づく傷害によるものとは認めることはできない。

四  結論

よつて、反訴事件での被告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、原告の本訴事件での訴えは、反訴事件での被告らの請求がある以上、訴えの利益がなく、却下する。

(裁判官 水野有子)

交通事故目録

一 発生日時 平成五年一月四日午後三時三〇分頃

二 発生場所 西宮市中浜町県道高速神戸西宮線下り芦屋オフランプ(阪神高速神戸線)

三 態様 原告運転の普通乗用自動車が、被告山田義一運転、被告原麻美同乗の普通乗用自動車に追突したもの

交通事故現場見取図

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